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NHKのスペシャル番組、新動画時代が放送されていました。 内容は、動画共有サイトにて、動画がUPされ若者が夢中になり、テレビが見られていない、 ということ。 それにたいして、テレビの役割はどうなっていくのだろう。 そして各国のテレビ局が動画投稿サイトに自ら投稿し、ネットを活用している様子をまとめていました。 そこで、思ったこと、一点目。 今まではテレビ局が作っていた動画を誰でもが作れるようになって、 それがまた面白い。 これからは、テレビ局はコンテンツ作りを重視して、より品質のいいものを 作っていかなければいけないのだなあ。というのは、放送でやっていた内容。 また、出演していたコラムニストの天野祐吉氏は面白いことをいっていた。 ジャーナリズムに徹して欲しい。コンテンツ作りではなく、真実をどう伝えるか、 その方向で、情報を発信して欲しいとのこと。 これだけコンテンツ制作者がでてくるだろうと思われる中で、 差別化を図るには、そうなのかもしれない。 なんか番組での主張をトレースする形になってしまったが、違った側面の意見として。。。 誰でもがコンテンツを作れるようになった、ということが重要ではないだろうか。 つまり、情報が価値を持っている。その情報(コンテンツ)を簡単に作り出せる、 ということである。 これまで価値のあるのものは、資源であった。金は他の物質から作れない、 だから、錬金術はありえないし、歴史上でももてはやされてきた。 しかし、情報は作り出せる。物質的な資源がなくても、価値あるものを作り出せるのだ。 それは、市民がだれでも価値を創造できる、という小さなものではなく、 これまで、物質的な資源がなく貧しかった国や地域でも、価値を作り出せる、 ということだ。 しかも、インターネットで全世界がつながっている。 国ごとにインターネットの制限があるのかもしれない。 しかし、制限をかけても、その制限が崩れてきているのは、 ある特定の国をみてみてもあきらかだ。 これまでの世界の社会構造が変わってしまうのではないだろうか。 そこで、日本を考えてみると、全世界を相手に、価値を創造できるのだろうか。 気になるのは、言語の壁である。 動画の場合、言葉は関係ないという見方もある。 しかし、言葉での情報伝達ほど効率的なものはない。 明らかに情報発信、コンテンツ制作と言う意味で不利である。 逆の見方をすれば、海外から入ってきにくい、という側面もある。 少し話は違うが、携帯電話のメーカーは日本は日本の中で閉じている。 海外メーカーも少し入ってきたが、まだまだ、少数派だ。 日本のメーカーは海外にでていっていない。 正確にはでていっても、成功していない。 これと同じことが、コンテンツ発信の世界でも起きるのではないだろうか。 日本のアニメがアジアでは受けているらしい。 日本の国内に閉じることなく、世界にでていかれるのだろうか。 日本の中だけで閉じている小さな国になるのか、 世界にうってでる、正解に対しても影響力のある国になるのか、 どちらを目指すか。。。 |
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